なゆーのテキトーブログ

普段はTwitter(@oxygen60499747)より感想兼考察を投稿していますが140字では抑えきれなかったリアルでは言えないアニメへの想いをひたすら綴るブログとなっております。自分が感じた事を上手く言語化出来るように善処します。

魔法少女まどかマギカ 1~4話感想兼考察(ネタバレ有)

『命を賭けてでも叶えたい望みがないという事は その程度の絶望しか知らないという事。私達は恵まれ過ぎて馬鹿になってしまった。』

『友達や家族を大事にしているのなら今と違う自分になろうとなんてしないことね。さもなければ全てを失うことになる

1話2話でのこの言葉の意味が恐ろしい程にじわりじわりと心に響いてくる、そんな3話でした。

言ってしまえばそれまでは彼女達にとって毎日の生活が日常で魔女の世界が非日常だった。4話ではその認識が一転、世界から見ればたった1人いなくなっただけの事。なのにも関わらずその現象によってまどか達にとってのいつもの日常が非日常へと変貌する恐怖が効果的に描かれていた。

また同時に絶望を知った、だからこそ何気ない日常にかけがえのない価値を見出す事が出来る。毎日行われるまどか家族の団欒のシーンは1話からずっと描かれてきていたシーンなのにも関わらずまどかと一緒に泣いてしまいました…。この死という現象が他人事なんかではなくリアルの誰の身にも起こりうるという事がまた恐ろしい…。ファンタジー要素の中に気づくようで気づかないリアルな現実を急に突きつけてくる所がこの作品の1つの魅力なのではないかと感じました。

 

 

ここからは3話における絶望パートについての感想と考察を織り交ぜながら綴っていきます。

具体的には……

"絶望"を際立たせた事による裏切り演出

巴マミの本当の願い事とは?  

について少し言及していきます。多少憶測に基づいた文章をお許しください。

 

 

3話における巴マミの死亡シーンには誰もがショックを受けたかと思いますが、私はこのショックをより印象付ける為に戦いの最中で一時の希望を我々視聴者に与える演出があったのではないかと思います。

それを語る前に巴マミの境遇について少し説明する必要があります。彼女はある事故に親共々巻き込まれ全員死と隣り合わせだった所にキュウべぇと遭遇し、彼女だけが唯一魔法少女になったという過去があります。

普通この流れならば願い事を事故で亡くした家族の蘇生に使うのが妥当かと思います。しかし彼女はその願い事を家族の為に使わなかったと私は考えます。

それを裏付ける事実として美樹さやかが4話で魔法少女になり魔女の一味を初めて討伐した時に、さやかが願い事として祈った想い人の手がすぐに動かせるようになります。

このシーンから分かる事は願い事の実現は魔女を完全に倒した時点からではなく徐々に行われていくいうこと。加えてマミは1つの都市を縄張りにして魔女を倒していた。

他の魔法少女の発言だとそのテリトリーに他の魔法少女は侵入出来ないらしいです。この状況下だと確実に自分の手で魔女を仕留められる訳です。

なのにも関わらず未だに彼女の家には誰もいない。もし願い事が家族の蘇生ならば少なくとも誰か1人は蘇生されていてもおかしくはないはず。という事はマミの願い事は家族の為にではなく自分の為に何かを祈ったと考えるのが妥当なのかなと思っています。

彼女が戦う理由はあくまで自分自身のみにあった。そこに鹿目まどかによって自分ではなく誰か人の為に戦うことの価値をミキが見出すという展開がありました。直後に『体が軽い!』というミキの発言はいかに今まで自分自身の為に戦い、孤独であった彼女のかつての辛さが表されています。

そんなミキの心象変化を入れることで彼女に対する感情移入を視聴者に促したまま敵も倒し、このまま感動展開に持っていくかと思いきやあの絶望ね……。良い意味で裏切られましたよ本当に…。

この作品は希望と絶望の緩急が激しい。いかにもミキが勝ち切る演出だっただけに絶望の度合いがより増す3話のワンシーンだったのかなと思います。

これからも3話のような絶望がまどか達を襲ってくるのかもしれません。しかしそれでも私はその先にある感動を信じて全話視聴していこうと思います。ここまで読んで下さりありがとうございました。